中島飛行機、ただ今、離陸!
ようやく本が出来た。
もう開くのも嫌なぐらいだ。
でも、パラパラと見た。なかなかよろしい…… と、思う。
せっかくだから予告篇。
本邦初公開から、「動員学徒の学校名と人数の明細」。昭和20年3月末とその横の赤の字は5月末。
知多半島一円はもちろん、京都、静岡、豊橋、香川などから動員されている。
そんな学徒たちの腹ペコ生活も詳しく書いた。
「ああ紅の血は燃ゆる」も書いた。
本邦初公開から、重爆撃機「連山」が半田製作所で製造されるため、図面、仕様書、材料の明細などの資料がどっさりとある。
その中から、『中島ノート』の1頁をお見せする。
ぼくは素人だからよく分からないが、この一連は軍用機ファンには垂涎の資料だと、技術者は言っている。
「連山」は終戦後、米軍がアメリカ本土まで完成機のまま、船に載せて持ち帰った2機種のうちの1機種だ。もう1機種は「彩雲」。
中島はオール木製の「キ115」「彩雲改」など〝特攻にしか使用できない飛行機〟も造った。
木製の軽い機体では飛び立ち、飛行はできるが離陸はできない。生還はもとより考慮していない特攻機だ。爆弾は抱いているが機銃は積んでいない。
中島の技術者は、既に120機も完成していたこの飛行機の出荷を拒んだ。
軍は怒った。
でも技術者のプライドがこう言わせた。
「離着陸できてこそ飛行機だ。離着陸できない飛行機は飛行機でない。飛行機でないものは出荷できない。中島は飛行機工場である!」。
戦争はドラマである。
事実は小説より奇怪なり。その奇怪をいっぱい書いた。
ぼく、西まさるの飛行機は無事、帰還できるだろうか。
*写真は『中島ノート』より。
そして『中島飛行機と終戦』(新葉館出版)。
*書店配本は3月中旬から、アマゾン・楽天などネット書店も中旬から。しかし、本HPの「当会関連出版物」からのお申込みは本日より。
これは、本当は書店さんに嫌がられるのだが…。
どうぞ、よろしくお願いします。