桃花亭お高の墓
江戸期の東海地方の雑俳の宗匠、桃花亭お高。
一見、女性を思わす俳号だが、れっきとした男性。本名、石原善兵衛。それも高浜の豪商で「高浜こけても石原こけぬ」と謳われたほどの家という。彼はその分家だが、隠居の歳になって俳諧の道に入ったようだ(=訂正 40台には宗匠になっている)。
今度の『知多半島郷土史往来』で「知多半島の雑俳・狂俳」を書こうなどと身の程知らずのことを吐いてしまったお蔭で、ここのところちっとも眠れない。
高浜に桃花亭お高の墓を見に行った。実は数度目なのだが、いつもこの墓には墓守がいる。
黒猫どのである。
今日も墓の上にべたりと坐り込み、動こうともしない。
しばらくすると黒猫どの、お高の弟子とみえ、ぼくをジロリとみるなり、狂俳の題を出した。
「桃花亭」である。
この題を冠(簡単に言えば初句にして)七・五を詠むのを基本とするのが狂俳。冠句とか笠付けなどともいうのだが…
ぼくはすかさず七・五を吟じた。
「黒猫どのの眼なり」。
黒猫どのは満足そうに去っていった。
今度行くときはキャットフードを持って行く。