高倉健・飛田東山 「あなた」と「鴉根の丘」
高倉健さんと飛田東山先生。そして映画「あなた」と「鴉根の榊原弱者救済所」は無関係ではない。
実は、ぼくがノンフィクション小説で発表したいと思っている一つがこれなのだ。資料も随分、ぼく、西まさるの手許にある。
ブログに書くつもりなど、更々なかったのだが、高倉健さんが逝去された今日、追悼の想いを込めて少しだけ書いておきたい。
写真は飛田東山先生。本名は飛田勝造。何を隠そう〝唐獅子牡丹〟のモデルである。
見事な刺青だが飛田勝造はヤクザではない。本人は「俺は幡随院長兵衛のような町奴だ」と言っている。
氏の生きざまは、「♪義理と人情をはかりに掛けりゃ 義理が重たい男の世界」そのものであった。
沢山の逸話はあるが、一つ例をあげれば、
権力者にいいように使われる、日本の最下層に生きる日雇い労働者、いわゆる土方の味方となり、彼らを組織。土方の権利(生活)を守る組合を創った。そして、理不尽な使われ方をされている事を知ると、土方に代わって雇用主と交渉もした。
我慢して頭を下げて交渉するが、あまりにも悪徳な連中に対して、最後は「死んでもらいます!」と啖呵を切る、映画『昭和残侠伝』のような場面も生まれたのだ。
まさに、強きをくじき、弱きを助ける生き方を全うした人間なのである。
高倉健が「唐獅子牡丹」の主役に抜擢された時のことだ。高倉は飛田勝造の生きざまとその人生観に感銘。約1ヶ月間も飛田の家に通っている。時には内弟子のように泊り込みで飛田の身の回りに居たという。
これは実話である。
高倉は役作りというより、飛田に心酔したとみてもいい。
高倉健が刑務官、それも富山刑務所の御神輿の製作を指導する役を演じたのが、名作『あなた』。
その富山刑務所で造られた御神輿が、なんと4台もあるのが、半田市鴉根地区。そう、榊原弱者救済所のあった地区だ。
この御神輿を見た時、ぼくは運命を感じた。
拙書『幸せの風を求めて 榊原弱者救済所』の舞台は鴉根の丘。物語は、刑余者(前科者)や社会的弱者の救済と社会復帰の実録である。
この丘に受刑者が熱心に造り上げた御神輿があったのだ。
○
この丘は榊原弱者救済所閉鎖の後、軍需工場・中島飛行機に接収され、その農場になる。
昭和19年12月、大地震。中島飛行機半田製作所は凄まじい被害を受ける。工場の多くは倒壊、飛行機の生産はストップした。
そこに飛田勝造が現れた。
貨車9台だ。そこには飛田が組織した労働者たちと復興作業の道具が満載されていた。
「土方だって御国のためになれるぞ! 一日も早く、飛行機の製造を再開出来るように、死に物狂いで頑張るんだ!」。
飛田の獅子吼の檄が飛ぶ!
わずか3日で倒壊した工場は復旧。5日目には飛行機の製造が再開されたのであった。
飛田勝造はどうしたって?
男の中の男は、黙って去って行くに決まっている。
健さんのように。
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飛田東山先生の写真は『ちば開発夜話』より。これが本物の唐獅子牡丹である。
御神輿は鴉根の祭=榊原弱者救済所跡の亀三郎まつりの際。