武豊三井傳左衛門家文書

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豊田佐吉の次弟平吉が一九二〇年(大正九)に、武豊三井家から後妻として「てる」を娶ったことにより、豊田家と三井家の関わりが始まった。新興企業の豊田家と知多半島で代々続いた在地の大庄屋である三井家との結び付きである。現在では世界的な大企業となったトヨタであるが、大正時代までは名古屋の一新興企業に過ぎなかった。一方、武豊三井家は武豊町を中心に知多半島南部に土地を所有する地主であり、代々続く大きな庄屋であった。豊田平吉と三井てるの結婚は豊田家の地位の向上をもたらした。
 この三井家には大変な量のな文書群が残されている。この文書は江戸時代より昭和にいたるまでの、庄屋としての公式的な文書と個人的な交際をしめす書簡によって構成されており、近世の貴重な資料となっている。この資料が整理されて三井傳左衛門家文書目録としてまとめられている。それだけで三冊の本になる程の膨大な文書である。
 その中に、豊田家と三井家との書簡も含まれている。全てで127書簡の存在が確認されている。内容に関しては時候の挨拶が大半で、豊田家の歴史を塗り替えるようなものは見付かっていない。ただし、豊田佐吉を初めとした多くの豊田家の家族の書簡が残っていることは大変意義がある。佐吉・浅子・平吉・てる・佐助・喜一郎・利三郎・愛子・英二等々、豊田家のほとんどの人間が三井家に対して手紙を送っているのである。
彼らの手紙の文面・筆跡から、人柄を想像することもできる。また、豊田家の歴史を補完する資料としても大変貴重なものだと言える。

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