「悲しき横綱の生涯 大碇紋太郎伝」と小菅刑務所の男について

埋もれていた郷土の名力士、大碇紋太郎の生涯を西まさるさんが見事に掘り起こしてくれた。これにより今まで謎に包まれていた大碇の人生や、その男気溢れる彼の生き様を知ることができた。
私は、著者西さんの傍らにいて、彼の取材振りや苦労の有様を見ていたので、この出版はことのほか感慨深いものがある。
西さんが最も苦労された点は、河上肇と「大碇と名乗る男」の扱いであった。その一幕の記述に2年も辛酸されていたことを私は知っている。
河上肇が小菅刑務所で会った「元幕内力士、大碇と名乗る、綱手という男」が大碇紋太郎その人であるかどうかは分からない。ニセ者である可能性も高い、だが絶対に本人でないという証明もできない。
その辺りの処理を西さんはどうするのか、私は興味津々であった。
本が出来上がって来た。私は仕事をほったらかして一心腐乱に読み耽った。大碇紋太郎のドラマチックな人生を生き生きと描き上げる文脈、涙を誘うシーン。何より大碇紋太郎に対し、深い愛情をそそぎながら書き上げているのが印象的であった。
そして私が最も気にしていた「河上と綱手」、即ち、小菅刑務所にいた大碇と名乗る男の問題は、こう処理されていた。
「しかし、大碇は世話のかかる男だ。とうとう死に場所も明かさなかった」。
基本的には分からないの結論。当然である。
しかし、朝日新聞、中日新聞が、この本「悲しき横綱の生涯」を大きく採り上げた。それを読んで私の友人の数人が、「大碇は強盗殺人犯だったのか」と言って来た。
「ちゃんと本を読んでよ」と言っておいたが、その部分だけが一人歩きする危惧を私は感じた。そしてこれを書いている。
西まさるさんは降りそそぐような愛情で大碇紋太郎を描きあげていて、一片の悪意もない。西さんが書きたかったのは「運命という波に翻弄されながらも、自分を貫いた大碇紋太郎というスーパースター」なのである。