ああモンテンルパの夜は更けて

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 8月15日、終戦の日である。
 この日が近くなると新聞もテレビも「戦争」を採り上げる。 
 この日が近くならないと採り上げない・・、などと悪口を言うつもりはない。歴史は、戦争は、語り継がねば忘れられてしまう。まして日本国民の大多数が「戦争を知らない子どもたち」ばかりになった今。マスコミはぜひ、語り継いでほしい。

 先週、中日新聞の記者が取材に来た。
 そういえば昨年も来た。
 一昨年はNHKが取材に来た。
 ぼくの所に何があるわけでもないのに、戦争の生き証人が少なくなっているから、『中島飛行機の終戦』を書いたぼくは数少ないネタ元の一つなのだろう。
 取材する記者さんも戦争など知らない。取材されるぼくも同じ。観念的な質問、聞き書き、孫引きのような答。そんな繰り返しだ。でも、これでもいい。忘れら去られるより、ずっといい。

 終戦後のフィリピンのモンテンルパ刑務所に108人の死刑囚が死刑執行の日を待っていた。ほとんど全員がえん罪に近いBC級戦犯であった。
 理不尽な死を待つ刑務所に奇跡が起きた。
 歌である。
 「ああモンテンルパの夜は更けて」。
 刑務所内で作詞作曲され、当時の国民的歌手、渡辺はま子が歌った歌だ。この歌が刑務所で歌われ、日本国内でヒットし、フィリピン大統領の心も動かしたのである。

 戦争の悲惨。理不尽。しかしそれを吹き飛ばしたのは歌の力だった。
 文化も捨てたものじゃないと思える実話だ。

 この歌の作曲者が知多の人・伊藤正康さん。彼も死刑囚であった。数年前、彼の留守宅へ行きご親戚に取材し、全容を知った。秘話も聞いた。

 そんな話を8月20日の例会でする。

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