大碇紋太郎の生涯 西まさる
新葉館出版さんから電話があり、『悲しき横綱の生涯』が少し動いているという。「動く」は業界用語で「注文がある」という意味。
思わぬ朗報に小躍りして喜んだ。
この本は、明治期の大相撲のスーパースター大碇紋太郎の生涯を書いたもの。大碇は江戸相撲の大関、京都相撲の横綱で史上初の大相撲の欧州興行を成功させた男だ。
大横綱・常陸山のライバルとしての数々の逸話は、玄人の相撲ファンならよく知ることだ。
大碇は、力士としては人気があったが正義感が強く、当時の相撲協会の横暴なやり方に逆らって干されてしまう。
それで、京都相撲に移籍、第4代の横綱に。やがて海外へ、そして南米で消息が消えた……
と、されていたが、なんと10数年後、東京の小菅刑務所に「大碇と名乗る男がいた」からびっくりだ。
体格のよいその男と交流して、獄中の様子を書いたのは、これもなんと、あの河上肇博士。日本の社会主義思想の産みの親ともいえる人だ。
河上肇は思想犯として投獄されていて、同室に大碇がいたというのだ。そして河上は大碇の話もよく聞き、詳しく日記に書き残している。
写真が河上が獄中で書いた自筆の原稿。これを出獄してから出版した。なぜ獄中から原稿を持ち出せたかも本書に書いてある。
○
この河上日記を読んだ 西まさるはこれを本にした。
『悲しき横綱の生涯 大碇紋太郎伝』である。
発売当初、丸善のベスト本の第1位に選ばれた。
全国の数十紙の新聞に書評が出た。
版元の新葉館は大喜び、どん、と再版。
ところが売れない。
売れない原因は、
「大碇は犯罪者でない」という贔屓の引き倒し。事実誤認。
「河上肇は共産主義者だ」という妙な偏見。
だから、この本はダメだという。
まるで著者の西は嘘つきだ、と言わんばかり。
○
こんな理屈ある?
でも、あれから5年、リベラルな読者がこの本を手に取り出したようだ。
うれしい。
このノンフックション小説は我ながら「いい本です」。
どうぞ、お読みいただきたい。
:西まさる拝