榊原弱者救済所跡を法務省保護局長が視察に

法務省保護局・宮田祐良局長が鴉根の榊原弱者救済所跡史跡公園を視察に来られた。7月28日午前11時のこと。
この視察の連絡が入ったのは前々日の26日。宮田局長が愛知県出張の隙間をみて「どうしても鴉根に行ってみたい」とのことで急遽、この視察が決まったと聞いた。愛知県内の訪問先は4ケ所。超過密スケジュールだ。したがって鴉根滞在は「25分でお願いしたい」と事務方。
11時3分頃、ご一行が到着。弥永理絵名古屋保護観察所長も同行されている。
お迎えする方は、半田保護区保護司会の藤條充会長を筆頭に保護司さんが約8名。それに久世半田市長も来て下さった。榊原弱者救済所跡保存会は新美勝会長を先頭に10名ほど。はんだ郷土史研究会も5名が参加。

*写真左から、西まさる、久世半田市長、宮田保護局長、弥永名古屋保護観察所長、藤條半田保護司会長

時間がないので形式的なセレモニーはすべて省略。保護局長を西まさるが案内、15枚のパネル「亀三郎の足跡」から史跡公園内の「紀念碑」、新美南吉と救済所の関わりなどを説明した。
局長は、「この施設のことは本(『幸せの風を求めてー榊原弱者救済所―』)も読み、あらましは知っていたが、現地に来ることで、亀三郎の弱者救済の息吹に触れることができた。あらためて彼の為した偉大な功績を再認識できた」と感慨深げに語った。
また、紀念碑に91名もの協力者名が刻まれているのを見て、「当時、これだけ多くの地元の人々の支援を得ていたということ。この地方には福祉や弱者救済ということに理解があったということだろうか」と言った。

*碑の裏面まで回り込んで見る宮田局長

まさに駆け足の鴉根視察。名古屋から45分かけて来て、滞在30分。そして45分かけて次の巡検地へ。「ありがとうございます」と申し上げたい。

 

*「榊原弱者救済所跡保存会」HPから引用

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