虹の片足

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 北陸新幹線の開通でテレビでは毎日のように金沢の様子が映る。
 金沢はぼくが生まれて育ったところ。故郷である。

 だが、毎日、テレビで金沢の街が観られて、よかったような、何か違うような気分なのだ。
 そんなヘソ曲がりを言うと、女房は、「だから金沢の人は付き合いにくいんや。なぜか素直にものを言わない」と揶揄する。
 女房はコテコテの大坂人。持って回ったような物言いが性に合わないようだ。

 18歳でぼくは金沢を出て東京に。
 当時、金沢と東京間は9時間かかった。金沢を夜8時過ぎに出る夜行列車。名は忘れたが、確か「北陸」か「能登」、そんな列車だった。むろん、寝台車などは夢のまた夢、3等車の固い木の椅子に縮こまって寝る。足元に新聞紙を敷いて。
 翌朝、確か6時前に上野駅に着いた。「♪ああ上野駅」が流行っていた時代だ。東京は埃っぽい街。駅を降りると、いつもそう思ったものだ。

 年に2度か3度、金沢に帰省した。
 夜行列車の窓に朝の光が差し始めると石川県。車窓から白山連峰が見えると「帰って来た~」と心が和んだ。
 そして車窓から金沢の辺りが見える。今度は心が躍った。
 当時、こんな短歌を作っていた。

   車窓から見えたり古里 森の先 
             虹の片足立ちおるところ

 確かにあの時代、若いぼくには夢も希望もあったな。
 まさに虹の片足のように、空に夢がきれいに伸びていたものだ。
 その夢の行方はって? 
 聞かないでくれよ。

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